焼き餃子のぶろぐ

人生の光たちについて語るブログです。

【嵐】We are ARASHI①


2026年5月15日。
心の底から楽しみでありながら、永遠に来てほしくなかった日。
私は、世界一大好きな5人に、ありがとうを伝えるために京セラドームにいた。

嵐との思い出が詰まった京セラドーム。
人生で初めて当選したライブ。
人生で初めて買ったうちわ。
人生で初めて見たペンライトの海。
人生で初めて好きになったアイドル。
目の当たりにした5人の輝き。
夢と現実の境目がなくなる感覚。
ああこれが嵐なんだ、と感じたあの日の胸の高鳴りを、
今でも鮮明に覚えている。


我々世代は、物心ついた頃から生活のどこかにずっと嵐がいた世代だと思う。
テレビをつければ毎日誰かしらがそこにいて、休み時間には雑誌の切り抜きを囲んで「5人の中で誰が好き!?」という話題で盛り上がり、運動会のリレーではHappinessを追い風に走り、給食中には校内放送でMonsterが流れる。
学生時代の思い出には嵐の曲が引っ付いていて、ファンじゃなくても曲を口ずさむことができて、嵐をきっかけに繋がった縁があって。
振り返ると、人生にずっと嵐がいてくれた。

私が嵐に出会ったのは、幼稚園のとき。
運動会の学年種目で使われた曲がLove so sweetだったのがきっかけ。
嵐を好きになったのは、誕生日プレゼントに5×10のアルバムをもらった日。
ファンクラブの存在も知らない子どもだったけれど、自分なりに全力で嵐が好きで、嵐に憧れて、嵐に夢中だった。

小学生のときに両親に頼み込んでファンクラブに入った。
2014年、念願叶って初めてライブに行けることになった。
付き添いの母は全くアイドルに興味がなく、どうせ大したことないだろうと思っていたらしい。

田舎から始発で京セラドームに向かい、数時間グッズ列に並び、イオンで時間を潰したりしてドームの中へ。
ちょっとひんやりとして、全体にスモークがかかった会場は「非日常」という感じで。
大興奮のままチケットに書かれた番号に従って歩いていくと、そこはまさかのアリーナ最前列だった。

あまりに近くて、あまりに輝いていて。
まるでずっと夢の中にいるような気持ちだったけれど、スピーカーから流れる音楽がずっとお腹の底に響いていて、ああ現実なんだと思いながら泣いていた。
初めて見た嵐の5人、一面に広がるペンライトの海は、それからの生活の支えだった。
またあの景色に会うために、なんだって頑張れると思った。


人生はそれなりに回り続けていて、山もあれば谷もある。
そんな中で、嵐はずっと、本当にずーーっと、そばにいてくれた。

高校受験の時期は「Happiness」を聴いていた。
部活でどんどんチームメイトが辞めていってしまった時期は、「光」を聴いていた。
コロナ禍で先が見えない時期は「Love so sweet」を聴いていた。
就活をしていた時期は「きっと大丈夫」を聴いていた。

5人が歌う「大丈夫」に、何度励まされてきただろう。
その歌声に、どれだけ支えられてきただろう。
先の見えない暗闇の中にいるような日々の中で、「明けない夜はない」という言葉にどれほど救われただろう。
嵐がいなかったら、乗り越えられなかった夜がある。
嵐がいなかったら、出会えなかった景色がたくさんある。
嵐に出会えたから、出会えた人、出会えた景色、出会えた朝がある。
多くの人がそうであるように、私にとっても嵐はずっと人生の光だった。


活動休止の会見から、あっという間に迎えた2020年末。
また会えるかもしれないと、祈るように更新し続けたファンクラブ。
正直、もう戻ってこなかったとしても、それでも良いと思っていた。
5人がこの世界のどこかで笑っていてくれたら。
幸せでいてくれたら。
それ以上に望むことはないと思っていた。
でも、心の奥の奥の方で、また会いたいと願ってしまった。


久しぶりの5人の姿。
画面の中の5人は素敵に歳を重ねていたけれど、雰囲気は大好きな嵐のままで。
気づいたらぼろぼろと泣いていた。
活動終了は悲しかったけれど、それ以上にまた5人に会えた喜びが大きかった。

コロナのせいで直接「ありがとう」と伝えられなかったことがずっと引っかかっていた。
国立競技場も東京ドームも、本当はファンで埋め尽くして、5人がもういいよ!わかったよ!って言いたくなるくらいの「ありがとう」を届けたかった。
どれほどの葛藤があって、議論があって、こうして戻ってきてくれたのかはわからないけれど、5年半前叶えられなかった願いを叶える機会をつくってくれたことが本当に本当に嬉しくてありがたかった。
なんて嵐らしいんだろうと、また泣いた。


5月14日、仕事終わりに全力疾走して京セラドームへ。
昔は始発で来て並んだなあと思いながら、列のほとんどない物販へ。
初めて来た日はまだ子どもだったから、仕事帰りに来るようになるなんてって感慨深くなった。
その足で梅田のロビーデコレーションも見に行った。
嵐マークがキラキラ光っていて綺麗だった。

5月15日、母の物販の付き添いで朝一番に京セラドームへ。
ライブ当日の賑わいに、ああこれだこれだと嬉しくなる。
ぴかぴかのお天気で暑いくらいだったけれど、しばらく端っこの方で景色を眺めていた。

開場と同時に場内へ。
座席はスタンドの真ん中らへんだったけれど、最早本当に何処でもよかった。
嵐に会えるだけで、同じ空間にいられるだけで、それ以上は何も要らなかった。

周囲の方のペンライトの設定をお手伝いしながら、開演まで少しお話をした。
母と同世代くらいのお隣の方は、ずっと嵐が好きだったけど子育てが忙しくてライブには行けないまま、休止期間に入ってしまったそう。
今回は成人したお子様に車で送ってもらい、長年の夢が遂に叶ったのだと嬉しそうに話してくださった。

すべての人が、人生の何処かのタイミングで嵐に出会い、特別な想いを持ってここにいる。
初めての人も久しぶりの人もデビューからずっと支え続けてきた人も、嵐が好きだという共通項を持って同じ場所にいる。
刹那的な交わりではあるけれど、ものすごい奇跡なんだよなと思い開演前にちょっと泣いた。


18時、開演。
正直5人が登場する前から号泣だった。
5人が登場した瞬間、最初に出た言葉は「嵐やあああかっこいいいいいい」だった。
ずっと私の青春で、最早人生だった5人。
この世で一番会いたかった5人が、また帰ってきてくれた。
大阪ただいまって言ってくれたから、渾身のおかえりを叫んだ。
胸がいっぱいだった。

そこから3時間、ぼろぼろ泣きながら5人の姿を見つめていた。
大好きな5人は、記憶の中の嵐のままで。
重なる声は何度も何度も私に生きる力をくれたそのままで。
あの日宝箱にしまい込んで、もう終わってしまったと思った夢の続き。
開くことはないと思っていた宝箱が開いた日。
ありがとう、しか、ないんだよなぁ。

泣いて泣いて泣いて、ああ好きだ、私はこの人たちにたくさん支えてもらったんだと思ってまた泣いて、思い出が詰まりすぎた楽曲たちを聴くたびにとめどなく涙が溢れてきて顔面全部がびっちょびちょだった。

隣の母も信じられないくらい泣いていた。
ずっと付き添いとしてついてきてくれていた母は、今まで頑なに自分はファンではないと言い張っていた。
でも今回のライブに入る前に初めて「自分は嵐のファンだ」と急に自覚したらしい。
休止中もずっとファンクラブを更新し続けていた時点でファンだと思うが、突然気持ちが追いついたらしい。
二人しておんおん泣いた。それはもうとんでもなく泣いた。
嵐のライブの思い出は、すべて母と私の2人の共通の思い出。
これからもずっと宝物。


5人の挨拶では、ファンがいろんな場所からありがとうと叫んでいた。
私も叫んだ。伝えたいことはその一言に尽きるから。
今まで挨拶中に声を発することはまずなかったから、ああ最後なんだなあってしみじみ感じてまた泣いた。
絶対に届けたかった想いを5文字に込めて、届くようにと願いながら叫んだ。
あなたたちのおかげで、私はずっとしあわせでした。
本当に、ありがとう。



さあ、最後の日。
これを書いているのは2026年5月31日。
あと10分でラストライブが始まる。
お家から、声援を送るよ。
どうかかけがえのない時間になりますように。

【SixTONES】夢と現実の狭間で、輝く6を見た。


2026年3月26日。
雨。実は初めての横浜アリーナ。
色とりどりの傘、お揃いの鞄、同じだけど同じじゃないぬいぐるみ。
ずっと希望にしていた日がやってきた。

大切なデビュー6周年のライブ。
運良く手にしたチケットと抑えきれない高揚感を抱えて入った会場は、思っていたより小さくて。
この数年でSixTONESに連れて行ってもらった場所の大きさに改めて気づかされた。
席は久しぶりの平面。わりと近くにセンターステージが見える。
Feel da CITYもこの辺の席だったなあと思って感慨深くなった。


始まる夢の時間。
厚みが増し、より綺麗に重なる声。
ああこの人たちは、ずっとずっと進み続けて、変わり続けて、でもその中で絶対に変えたくないものをずっと6人で握り締め続けてきたんだなと思った。

この会場にいるすべての人が、人生のどこかで SixTONESに出会って、今この瞬間が偶然交わっている。
SixTONESに出会い、SixTONESを愛してきたすべての人のおかげで、私も今SixTONESを愛することができている。
それってすごいことで、ありがたいことだと思う。
何より、6人がずっと一緒にいてくれたから、今がある。
本当にありがとう。


それなりに年月を経て、SixTONESはどんどんでっかくなって、私は私で人生がいろいろと動いている。
置いていかれちゃいそうだな、って思ったこともある。
最近は仕事が結構しんどくて、活動をリアルタイムで追うことも難しくて。
毎日のように自分はなんてダメなんだと落ち込んで、根っこのネガティブがたくさん顔を出すようになって、あんまり笑えなくなっていた。
崩れたものを立て直すのはなかなかに難しく、今日のことだってとても楽しみにしていたはずなのに、横浜に来るまではどこか他人事だった。

でも6人の姿を見た瞬間、ああ今だけはこの世界に浸っていいんだ、って心がどんどん解けていくのがわかった。
気づかないようにしていたけれど、ずっと張り詰めていたんだなぁ。
次々と押し寄せる音楽と大好きな人の声は、余計なことを考える隙間なんて一切与えてくれない。
五感がSixTONESで埋め尽くされていく。
この余白のなさの、なんとありがたいことか。
本当に、あいたかった。この時間がほしかった。

音楽に埋もれて、大好きな人の表現に浸って、ペンライトの海を漂って。
光の粒の1つでしかないこの時間が、何より幸せだと感じる。


北斗くんは随分髪が伸びていたけれど、ひとつにまとめた姿も信じられないくらい美しかった。
すぐ近くをトロッコに乗った北斗くんが通って行ったとき、あまりに美しくて一瞬時が止まった。
「息を呑む」という言葉はこの瞬間のために存在していたみたい。最早ただ見つめることしかできない。無力。

後ろから見つめたバクステで踊る姿とか、スタンドの上の方で手を振りながら歩く姿とか、ふとした瞬間にああこの人を好きになって良かったなって何度も思った。
美しさと儚さと力強さと優しさが同居する、複雑で奥深い大好きなひと。
ずっと進化し続けているひと。
「手を抜く」って言葉が北斗くんの辞書には載ってないんだろうなと思う。
そのくらいずっと全力で、全身でアイドルをしてた。
ああ大好きだなぁと思ったら、少しだけ涙が出た。
自分もまだ頑張れるって久しぶりに心から思えた。
北斗くんは、出会ったときからずっと、
私にとって救いで、光だ。


全力で楽しんでいたら、あっという間に2時間が過ぎた。
何度も聴いた曲も、ずっと聴きたかった曲も、私が出会う前からずっと大事に歌われてきた曲も、全部が大切で愛おしかった。
SixTONESの歩みがぎゅっと詰まった時間だった。

本当に楽しくて幸せだったから、今日のことを忘れたくなくて。
今、時速270kmで現実に向かいながらこれを書いている。
明日からの日々で私はまたきっと何度も打ちのめされるし、悩んで落ち込んで自分なんかって思うんだろうと思う。
でも、今日のことをお守りにして持っていたい。
SixTONESに恥じない自分でいられるように。
ちゃんと自分の歩みを進めていけるように。

ありがとう。
大好き。
健康でいてね。
幸せでいてね。
6人で笑っていてね。

デビュー6周年おめでとう。
愛しています。

ACEesの作間龍斗くんへ

2025年8月5日。
ACEesの初めてのツアーである「ACEes Arena Tour 2025 PROLOGUE」の最終公演に私はいた。

正直、今まで参戦したどんなライブよりもしんどくて苦しかった。
ライブ中に声が漏れてしまうくらい泣いたのは初めてだった。
でも、作間くんを見ていて、今日このブログを書かないと後悔するなと思った。
馬鹿みたいに泣いて、頭の中はまだグッチャグチャだけれども、今日の私の気持ちを残しておきたいと思ってこれを書いている。


HiHi Jetsが好きだった。大好きだった。私の青春だった。ずっと5人でいてほしいと、5人でデビューしてほしいと、何度も何度も願ってきた。
でもそれは叶わなかった。
突然だった。また会えると思っていた。
大好きな人の名前の前につく固有名詞は馴染みのないものになった。
ずっと横並びだった人たちがバラバラになった。
耐え難かった。

ずっと見られなかった。
SNSに投稿される写真や動画も、YouTubeに上がった新しい曲のパフォーマンス動画も。
作間くんの隣に並ぶ4人が、よく知った4人ではなくなってしまった事実を受け止めきれなかった。

作間くんは強い人だから、きっととてつもない覚悟の上にこの選択をしたのだろうと想像する。
私は弱いから、その選択を直視することがなかなかできなかった。
怖かった。

大好きな作間くんに会える喜びと、現実を直視しなければならない苦しみがないまぜになったまま、体は大阪城ホールに辿り着いていた。
心の準備も、覚悟も、何もなかった。
もしかしたらこれが作間くんに会える最後の機会になるかもしれない、と漠然と思っていた。
いつもはただひたすらにワクワクを増幅させる開演前の時間も、感じたことのない種類の緊張に支配されていたせいで記憶がない。


始まった一曲目。
よくよく聴き慣れた曲に、大好きな人の姿。
何かわからない涙が溢れた。

作間くんのことが好きだと改めて思った。
アイドルとしてステージに立つ作間くんは、誰よりも輝いていた。
そんな作間くんの輝きが、自分の人生の光になっていたことを再認識した。

全国を回りながら何度も口にして、少しずつ馴染んできたであろう新しい名前は、私にはまだ馴染みのないもので。
何度でも新鮮に胸に痛みを感じてしまった。
申し訳なさでいっぱいだった。
受け入れられなくて、なかなか前を向けなくて、上手に割り切ることなんてできなくて。
自分の気持ちが新しいグループの邪魔をすることはわかっているけれど、昇華の仕方がわからない。

でも。
アイドルとしてステージに立つ作間くんが、本当に本当に好きだと思った。
この姿が見られないのは嫌だとはっきり思った。
HiHi Jets作間龍斗」に出会って、好きになって、それなりの年月を重ねてきた。大好きだった。
私は今日ちゃんと、「ACEesの作間龍斗」に出会った。
かっこよかった。この人が好きだと思った。
私は、ステージの上で歌い踊る作間龍斗という人が好きで、アイドルとして生きてくれている作間龍斗という人が好きで。
その気持ち自体は、グループが変わってしまっても、私の中で変わっていなかった。

公演中、何回も何回も涙が出た。
寂しくて、悲しくて、でもやっぱり作間くんがそこにいてくれることが嬉しくて。
積み重ねてきたものを壊されて、もうステージから降りてしまってもおかしくなかったと思う。
その選択をしていたとしても、私は作間くんを責める言葉を持たない。
当然だと思うから。それくらい、重ねてきた日々には重みがあったから。

だからこそ、あんな地獄みたいな時間をなんとかどうにか飲み込んで、またステージに立つ選択をしてくれたことが嬉しい。
今まで見たことがないような鬼気迫るダンスや表情は、作間くんの覚悟の表れだと受け取りました。

ローラーを履いていない作間くん。まだ見慣れない作間くん。
今まではあっという間に目の前を駆け抜けてしまって、風だけがそこに残ってた。
あのスピード感はなくなってしまったけれど、その分ステージを端から端まで全力で走るあなたの姿を見て、私はこの人にずっとついていきたいと思った。

なんでも器用にこなせる人が、今改めて、必死で、全力で、どこか投げやりにも見えるほどガムシャラに踊っていた。
気迫が凄かった。
今までだって感じたことはあったけれど、明らかに今までと違う迫力があった。
その答え合わせが最後の挨拶に待っていた。


「大事なものは二度と失いたくない」
作間くんの口からこの言葉がこぼれ出たとき、今までの日々が頭の中を駆け巡り、それは涙に変わって止まらなくなった。
今までHiHi Jetsのことを口にしなかったのは、過去を振り返る発言をしなかったのは、きっと作間くんの性格上そうしていた方が己を保っていられるからではないのかなと思っていた。
前を向かざるを得ない状況に立たされたとき、あまりに長く大切な歴史は、振り向いてしまうとその足を止めてしまう理由になる。
闘っているのは、伝わっていたよ。

だから、作間くんにこの言葉を言わせてしまった悔しさと、作間くんからこの言葉を聴けた嬉しさとで心がめちゃくちゃになった。
私だって、失ってほしくなかった。
支えが足りなかったかな、追い風をもっと吹かせることができたら、またあの5人に会えたのかな。
そんなことを今もずっと思う。

作間くんに守る力がなかったとか、そういうわけではないんだよ。
この残酷すぎる運命は、きっと受け入れられなくても仕方ないもの。
それでも進んでいかなくちゃいけないから、前を向いて脚を叩いて己を奮い立たせて、またステージに立ってくれていたんだね。

「命を燃やして」「寿命が削れてもいい」
そんな言葉を聴いたとき、ああこれが、今日感じた気迫の答えなんだなと思った。
自分の命を削って、ステージの上に自分の立つ場所を描き出していたんだね。
もう誰にも奪われないように、強く。



ACEesの、作間龍斗くんへ。

HiHi Jets作間龍斗くんからもらった数多の幸せは、私の中でちゃんと生きています。
忘れることなんてできないし、振り返って辛い気持ちにならないこともできません。
今までのライブなら有り得なかっただろうなというセットリストも、ローラーを履いていないあなたも、まだ完璧に受け入れられたわけではないようで少しの違和感と寂しさを感じました。

でも、作間くんの輝きは変わらず、というかよりパワーを増していて。
あなたについていきたいと、改めて強く思いました。
あなたが大事に想うものを、今度こそ一緒に守らせてほしい。
あなたが安心して笑えるように、その場所を創るための力になりたい。

必要以上の犠牲なんて、払ってほしくないよ。
寿命を削るなんてしないでほしい。
でもきっと、そんなことを言ってられない世界の中であなたは今日も生きていて。
これからも、生きていく。
ならばせめて少しでも、あなたの背中を支えられたらと思う。

作間くんに出会えて幸せです。
あなたが魅せてくれる世界が大好きです。
ガムシャラに踊りながらも、指先や踏むステップは相変わらず丁寧で美しくて、見惚れてしまいました。
歌うと少し高くなる声も、ペンライトの振り方を示して楽しい方へ導いてくれるところも、客席を見上げるときの優しい目も。
すべてあなたの魅力。守りたいもの。
私の人生に、もうなくてはならないもの。

ACEesの作間龍斗くん。
決めた覚悟のその裏で、あなたが抱えているものを私はきっとわけてもらうことができません。
あなたは1人で背負って、歩き出しているのでしょう。
わけてほしいと言っても、きっと1人ですべて背負っていってしまうのでしょう。
そんなあなたを心配すると同時に、1人の人間として尊敬しています。

あなたに出会えて幸せだから、
あなたの選択を絶対に間違いにはさせません。

新しい名前もくれてありがとう。
少しずつ、少しずつにはなるけれど、私も前を向いて一緒に歩いていけるようにします。
あなたの歩みを見逃すなんて耐えられない。
あなたが人生を賭けて選んだ道を、一緒に歩ませてほしい。

あなたが私たちを笑顔にしようとしてくれている、その何倍もあなた自身が笑っていてほしい。
あなた自身が幸せでいてほしい。
私にとっての「大事なもの」は作間くんです。
絶対に失いたくないんです。
だからどうか幸せでいて。幸せになるために歩いていてください。

作間くんの目に映る世界が、綺麗なものであるように。
これからも光の粒の1つになるから、どうかよく見えるところにいてください。
守らなければならないものを大事に想うように、自分のことをまず何より一番大事にしてね。
それだけが願い。

作間くん、本当に、出会ってくれてありがとう。
また会える日を楽しみにしています。

SixTONES結成10周年によせて

10年。

人やものが形を変えるには十分な時間。
赤ん坊がランドセルの似合う子どもになり、ランドセルの似合う子どもが真っ新なスーツを着た社会人になる。
曲がり角の目印だった店が、よく知らない店に変わる。

人やものは絶えず移り変わり、時間は止まることなく流れ続ける。
そんな中で、変わらず横並びで歩き続ける6人がいる。


2025年5月1日。
SixTONES、結成10周年おめでとう!!!!!!


変わることが常のこの世界において、不変であり続ける「6」の尊さを噛み締めています。
その名前に託された想いの通り、6を守りその音色を響かせてくれるSixTONESが、愛おしくて誇らしい。


私がSixTONESに出会ったのは5年くらい前だから、その歩みのちょうど半分くらいしか知らない。
私が出会うよりずっと前から芸事の世界に身を置いて、己を磨き続けてきた6人。
そんな6人を見つけて応援してくれたファンの方々。
そんなたくさんの人たちのおかげで、私はSixTONESに出会うことができて、今日という日を迎えることができている。
この先も埋めることのできない時間は存在している。
振り返りようのない過去もある。
それでも、今、SixTONESを応援できていることは、幸福以外の何物でもない。



「出会い」というのは、時に曖昧で、時に鮮烈なものである。
偶然集まった仲間が、数多の選択と強い意志のもとにひとつのグループとなり、長い旅が始まることもある。
死にたい夜に、光る船を見つけて縋るように旅路を重ねることもある。
すべては偶然の産物で、出会うことを選び取るのは困難だ。

だが、偶然の出会いから始まった物語のページを何十枚何百枚と重ねていくことは、途轍もない努力の上にしか成立し得ない。
その歩みを一言で表すことは本来できない。

見えないところで、流した涙もあったでしょう。
心の奥底にしまい込んだ本音もあったでしょう。
悔しい想いも、悲しい想いもあったでしょう。

それでも、6人で生きる道を選んでくれたこと。
6人で歩き続けてきてくれたこと。

「運命」と言うにはあまりにもできすぎていて、
「奇跡」と言うにはあまりにも泥くさい。

そんな6人が、私は本当に大好きです。


私は強い人間ではないから、SixTONESに出会った時期はこの世界から消えてもいいやと思ってた。
そこから数年の時間の中でも、苦しくてどうしようもない夜は幾たびもやってきた。
泣いてもがいて、もがくことすら諦めて、でもやっぱり諦め悪くもがいて。

真っ暗な夜、どんなに無様でも、這いつくばってでも前に進んでやると思えたのは、SixTONESが夜には終わりがあると教えてくれたから。
Imitation Rainの音色とともにあの日見せてくれた光を、もうずっと道標にしている。



絶えず変化し続けるこの世界で、あなた達はこれからもきっと進化していく。
変わっていく。
それはわかっている。

だからこそいつだって今この瞬間が大切で、愛おしいと思う。
それをわかって言葉にして伝えてくれる6人に出会えて幸せだと思う。
描いた夢が片っ端から叶えばいいと思う。
ずっと6人が笑っていてくれればいいと思う。

そのでっかい背中にずっとついていくから。
これからも、6人が選ぶ未来を、創る音楽を、一緒に楽しませてください。
どうか誰よりも輝いていてね。

光の中が似合う人たち。
愛の中に生きることが似合う人たち。

結成10周年、おめでとう。
いつも本当にありがとう。





〜ロクオン視聴後の追記〜

一言で表すなら「愛」だった。
私たちが思っている以上に、SixTONESは私たちの声を聴いてくれていて。
私たちが思っている以上に、SixTONESSixTONESのことが好きなのだと感じる時間だった。

楽しそうに幸せそうに歌ってくれてうれしいよ。
6人で顔を見合わせると泣いてしまうのも愛おしい。
当時を知らないファンに、少しでも見てもらいたいって思ってくれる気持ちがありがたい。

今までの歩みのすべてに、感謝している。
永遠などないとわかっていても、できるだけ永くそこにいてほしい。6人で。


Beautiful Lifeが流れた瞬間の心臓の跳ね方、多分ちょっと不健康だった。
大好きな曲。事あるごとに聴きたいと言い続けている曲。
SixTONESのおかげで出会えた大好きな人たちが、一緒になって喜んでくれて嬉しかった。
SixTONESの6人も、SixTONESのおかげで出会えた人たちも、私にとって大切な大切な宝物。
今日という日にこの曲を選んでくれて、本当にありがとう。

「道の先でまた思い出すんだ 今日のことを思い出すんだ」
あまりにも沁みるね。
10年前からのすべてはこの先も永遠にわかり得ないけれど、今この瞬間の気持ちを、また10年後に思い出したい。

こんなにも愛おしい時間をくれて、ありがとう。
明日からも生きようと思える。
こっからも、SixTONESとともに。

【SixTONES】幸福は溢れると涙になる


2025年2月24日。
YOUNGOLD大阪公演最終日。

発券されたチケットには最早お馴染みのスタンド上段の文字。
大好きな人たちの姿は豆粒くらいの大きさで、その表情を肉眼で読み取ることはむずかしい。
ほんの少しの寂しさを感じる。
でも、ひとたび音楽が流れれば、そこは非現実の夢の世界。


大好きな人たちの音楽に救われて、その姿に支えられて毎日を生きている。
ありがとう、って伝えたいけれど、なかなかこの距離は縮まらないね。
せめてと灯したあかりに感謝の念を込めながら、どうか綺麗な景色が見えていますようにと願う。


別に涙が出るような曲ではないのに、北斗くんの踊りを見て、ああ好きだなあって胸がギュッとなって、そんな想いが涙になって溢れてきた瞬間があった。

スタンド上段。
豆粒サイズの大好きな人たちは、正直誰がどこにいるのかよくわからない。

でも、北斗くんが踊り出すとすぐにわかる。
人一倍大きな動きで、ここにいるよと教えてくれる。
全力で踊り、全力で跳び、全力で走り、全力で腕を振って楽しい方へ導いてくれる。
ああ、私は、あなたのそういう姿勢が好きなのでしたと一年振りに思い出す。

誰より大きく、しなやかに踊るあなたが好きです。
遠い席から、踊るあなたの背中を見るのが好きです。
そりゃあ、近ければ近いに越したことはないのかもしれないけれど、距離があるから見つけられる輝きも確かにそこにはあって。

アイドルが、ステージの上で、こちらを見ろと全身で叫んでいる。
なんという幸福。
遠くまで届くよう体全部を使って全力で踊ってくれることも、上の席を見やって手を振ってくれることも、真っ直ぐに届く歌声も。
すべて、あなたからの愛だと思った。



WE ARE ONEでも涙がボロボロ出た。
北斗くんが掲げた力強い「1」の指、祈るように歌う姿。
何を想って、何を考えて、そこに立っているのかは私には想像もつかないけれど。
今、この瞬間がこの人の人生なんだと思うと、苦しいほど大切だった。
私は、人生を見せてもらっている。
なんとも愛おしく、幸せなことだと思う。

松村北斗というひとを好きになれて
大きな愛を向けてもらえて。
幸せだ。間違いなく、幸せだ。


SixTONESのために生きているとは言いたくない。
私は私の人生を、自分の脚で歩いていかなければならないから。
未来のどこかで、自分の人生の責任を大好きな人たちに取らせる形になってしまうことがこわいから。

でも、ここに無責任な言葉を紡ぐ。
これからもずっと、SixTONESの6人の人生を見ていたい。
松村北斗というひとが創る世界をできる限り永く見ていたい。

その背中に光を見ていたい。
大きな踊りに愛を感じていたい。
美しい景色を見てほしい。
感謝の気持ちが伝わっていてほしい。

自分の人生を蔑ろにしたくないと思うのは、SixTONESが、松村北斗という人がくれる幸福があるからなのです。
だから今日もまた「ありがとう」の星を投げます。
いつか届くことを願って。

デビュー記念日。


11月3日。
大好きで大切な人たちのデビュー記念日。
今年からは、2組のお祝いを。

嵐のデビュー25周年と、INIのデビュー3周年。
本当におめでとうございます。

歩みを知れば知るほど、足跡を辿れば辿るほど。
なぜか胸がギュッとなる。
ふつうの生活を手放して、時に犠牲を払いながら、アイドルとして生きてくれていることを知っている。
多くの人が手にできないものを手にする代わりに、多くの人が知ることのない苦しみを感じることがあるとわかっている。

それでも、アイドルになることを選び、アイドルでい続けることを選んでくれてありがとう。
その選択のおかげで、私の今日は鮮やかに輝いています。

たくさんの幸せをくれて、救ってくれて、ありがとう。
出会ってくれてありがとう。
どうか、どうか誰よりも、幸せでいてください。
たくさんの人に愛されて、優しさに包まれて、笑っていてください。

願うことは、ただそれだけ。
いつも本当にありがとう。

【INI】11人の輝きが、私に生きる日々をくれた。

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生きる、というより、

生き延びる、という表現が正しい毎日だった。

一生懸命に生きているつもりなのに、どうしてこうも苦しめられなければならないのかと、やり場のない怒りすら覚えるほどに。

 

一人暮らしの無駄に広い部屋に帰り、スーツのまま床に転がった。

かろうじて残った理性が寝落ちさせまいとスマホを握らせた。

その小さな四角の中に現れた11人組を、好きになった。

 

 

INI

床の上で出会う前から知ってはいた。

好きになれるきっかけは今までにもあったはずだけれど、人生にはどうもタイミングというものがあるらしい。

結果的にこうして好きになってしまったので、経緯や想いを言葉にして残しておこうと思う。

 

 

 

INIを知ったのは、大学3年のとき。

仲の良い友人たちはみんな自分の推しをオープンにする人だったので、いつも布教するでもなくただ好きな人についてよく話していた。

その中の1人が好きだったのがINIで、私はその友人の話でINIというグループの存在を知った。

といっても、先述したように布教されるわけではないので、時々写真を見せてもらっては「人数が多いな」とか「髪がカラフルだな」と思っていた。

好きになるとは、まったく思っていなかった。

 

当時(今もだけど)私が好きだったアイドルは、嵐とSixTONESHiHi Jets

筋金入りのJのオタク。

正直なところ、文化が違いすぎるので交わることはないだろうと思ってはいたが、友人がいつもとても楽しそうに話すのでINIの話を聴くのは好きだった。

 

 

大学4年の冬、友人から京セラドームに行かないかとお誘いを受けた。

INIが初めてドーム公演をする。そのチケットが当たったので一緒に行ってほしい。と。

奇しくもその日はSixTONESの京セラドーム公演の翌週で、楽しい記憶は上書きしたくない派の私は少し悩んだ末に連れていってくださいと返事した。

 

前日までにYouTubeでMVを見て多少楽曲の予習はしたものの、メンバーの顔と名前は全く覚えられず、友人の推しの名前と髪色のみインプットした状態で当日を迎えてしまった。

しかもその日は朝から大阪マラソンのボランティアに行っていて、一日雨に打たれ続けていたので会場入りしても寒くて寒くて震えが止まらなかった。

早く開演して熱気で会場を温めてもらうか、特効で炎があるならもう私に向けて打ってくれと思うくらい寒かった。

 

公演中は、ペンライトもうちわも何も持たずに来てしまったことに罪悪感を抱きつつ、友人から借りた友人の推しのうちわを握りしめていた。

曲中のコールが多いし、曲終わりに暗転した瞬間いろんなところから名前を叫ぶ声が聞こえてくるし、こりゃもうなんだか異文化交流だな…と思いながらライブを見ていた。

曲はRocketeerとLet Me FlyとLEGITしかわからなかった。(予習とは)

ステージの上には11人もいて、誰を見ればいいのかもわからなかったし、そもそも遠くて顔はよく見えなかった。

歌も席が悪かったのか音割れがあり、ちゃんと聴こえなかった。

 

ただ、遠目で見ていてもわかるくらいとても好きな表現をしている人が1人いた。

友人にあれはなんという人ですかと尋ね、西洸人という人だと教えてもらった。

そういえば直前にたまたま見ていたMUSIC FAIRでなんか良いなと思ってた人がこんな感じだった気がするな、と思い至り、そこから先は基本西洸人さんを目で追っていた。

 

ライブは楽しかった。

でもどハマりまではいかなかった。

多分それは、そのときの自分の心がすでにある程度満たされていたからで、INIの魅力不足とかそういうことでは決してない。

なんとなく一瞬交わって、また離れていくのだろうとそのときは思っていた。

一瞬でも交われて良かったと思っていた。

 

 

それから数ヶ月の間、目まぐるしい環境の変化が起き続けた。

社会人になり、一人暮らしを始め、詳細を書くと確実に身バレするような社内のゴタゴタに翻弄され、私生活でも良くないことが続き、心身ともに擦り減るだけの日々を過ごした。

朝、目が覚めているのに体を起こすことができなかった。

泣きながら支度して仕事に行き、帰ってきたらもう何もする気が起きなかった。

大好きなアイドルたちを見ようにも、以前のように応援できない悲しみが少し距離を遠ざけた。

 

彩りのない毎日だった。

ある日、帰宅したままの格好で床に転がり、いろんなことがどうでもよくなりながら開いたYouTubeでたまたま出会ったのがこの動画だった。

 

まさに青天の霹靂。

あまりにも強い「生」を感じて、それが眩しくて。

気づいたらボロボロ泣いていた。

このパフォーマンスで、藤牧京介というひとに出会った。

音楽に対する泥臭さすら感じる熱量と、あまりにも真っ直ぐな歌に、救われた。ほんとうに。

こういう出会い方をしてしまったら、もう抜け出せないことはわかっていた。

 

知りたいと思った。

もっといろんな曲を聴きたいと思った。

とりあえずアルバムを買えばいろんな曲が聴けるだろうと、休みが来た瞬間CDショップに走ってアルバムを購入した。

わくわくしながら帰宅して、スマホに取り込みながらふと曲目を見るとHEROが入っていなくて、なんで!?と思ったらデジタルシングルだった。

そんなこともあるのか…と驚きつつデジタルシングルを全て購入し、片っ端から聴いていった。

 

 

救われた、と感じたとき、私はその人を好きになる。

アイドルに対してそんな感情を抱く瞬間は、大抵曲を聴いたときに訪れる。

今回も、入り口はHEROだった。

これはもう逃れられないなと思ったのは、Ferris Wheelを聴いたときだった。

自分でも驚くほど、この曲を聴いてボロボロ涙が出てきた。

繰り返す日々の中の苦しさやもどかしさを知りながら、それでも明日に光があることをわかっている人が書いた詞。

ぐるぐると同じところを回り続けているだけの日々だと感じていた私の顔を、ふっと上げさせてくれるような歌だった。

(この曲について語り出すと非常に長くなりそうなので、それはまた別のブログに書こうと思う。)

 

 

アルバムを何度も何度も繰り返し聴いて、シングルも少しずつ集めていった。

同時に、INIフォルダも見始めた。

これがまた良かった。

11人それぞれの心根の優しさが至るところに表れていて、そしてちゃんと面白くて、見ていると幸せな気持ちになった。

あたたかいグループなんだということがわかり始めた。

そして、彼らのはじまりであるオーディション番組を夜な夜な見ては涙し、デビューが決まった瞬間には結末を知っているとは思えないほど号泣した。

 

いろいろなコンテンツを見て、歩みを知った。

実は、INIについて調べ始めた時期には何故かオットセイニキの動画がTikTokのおすすめ欄を占拠していた。(これは本当に謎だったけど、毎回良い顔と良い声が見られるのでまあええかと思っていた。)

その隙間に流れてきたこの動画を見て、より一層藤牧京介というひとの声に惹かれた。

@official__ini 本番前の隠し撮り #SAMRISEfestival #サムライズフェスティバル #RADWIMPS #そっけない #INI #尾崎匠海 #TAKUMI #髙塚大夢 #HIROMU #藤牧京介 #KYOSUKE ♬ そっけない - RADWIMPS

3人ともそうだけれど、歌に愛されすぎている。

愛されるだけの努力をしてきたこともしっかりと伝わってきた。だから、好きだと思った。

 

闘いの世界の中でどこか張り詰めた顔をしていた彼らが、今のびのびとパフォーマンスしている姿を見せてくれているのだと思うと、胸打つものがある。

一歩一歩の歩みを知ると、感謝と尊敬の念が湧いてくる。

私はやはりアイドルが好きで、泥臭く夢を掴まんとする人が好きで、一つずつ夢を叶えて輝きを増していく姿を見るのが好きなのだと思った。

 

 

INIの魅力はきっと語り尽くせないくらいあると思うし、人によって何に魅力を感じるかも様々だと思う。

私は、泥臭く努力できる人たちの集まりであること、真っ直ぐで純粋な「届けたい」という気持ちがパフォーマンスや言葉から伝わってくることに、大きな魅力を感じた。

きっとこれから先も、見るたびに研ぎ澄まされていくのだろうと思えるし、新しいことにも手を伸ばせる人たちだと思う。

ステージに立つことの意味、そこに立てる幸せを知っていて、それをこちら側に伝えてくれるアイドルは尊い

幸せなだけではないはずだけれど、それを見せず、ただひたすらにファンに愛を伝え幸せを手渡す姿は、何より輝いて見えた。

 

 

 

今、自分が置かれている環境に特に変化はない。

苦しさも、やるせなさも、たまに逃げ出したくなることも、変わらない。

でも、生き延びるだけだった日々は、INIに出会ってから生きる日々に変わった。

薄れていた世界の色が、また鮮やかになった。

 

苦しくてしんどくてどうしようもなかったけれど、追い詰められていたから彼らの存在に気づくことができた。

苦しさの中にこうして意味を見出せるのなら、それは価値ある苦しみだったのだと思う。

そう思わせてくれたのが、INIだった。

 

これから先、きっと何度も思う。

出会えてよかった、ありがとう、と。