
2026年5月15日。
心の底から楽しみでありながら、永遠に来てほしくなかった日。
私は、世界一大好きな5人に、ありがとうを伝えるために京セラドームにいた。
嵐との思い出が詰まった京セラドーム。
人生で初めて当選したライブ。
人生で初めて買ったうちわ。
人生で初めて見たペンライトの海。
人生で初めて好きになったアイドル。
目の当たりにした5人の輝き。
夢と現実の境目がなくなる感覚。
ああこれが嵐なんだ、と感じたあの日の胸の高鳴りを、
今でも鮮明に覚えている。
我々世代は、物心ついた頃から生活のどこかにずっと嵐がいた世代だと思う。
テレビをつければ毎日誰かしらがそこにいて、休み時間には雑誌の切り抜きを囲んで「5人の中で誰が好き!?」という話題で盛り上がり、運動会のリレーではHappinessを追い風に走り、給食中には校内放送でMonsterが流れる。
学生時代の思い出には嵐の曲が引っ付いていて、ファンじゃなくても曲を口ずさむことができて、嵐をきっかけに繋がった縁があって。
振り返ると、人生にずっと嵐がいてくれた。
私が嵐に出会ったのは、幼稚園のとき。
運動会の学年種目で使われた曲がLove so sweetだったのがきっかけ。
嵐を好きになったのは、誕生日プレゼントに5×10のアルバムをもらった日。
ファンクラブの存在も知らない子どもだったけれど、自分なりに全力で嵐が好きで、嵐に憧れて、嵐に夢中だった。
小学生のときに両親に頼み込んでファンクラブに入った。
2014年、念願叶って初めてライブに行けることになった。
付き添いの母は全くアイドルに興味がなく、どうせ大したことないだろうと思っていたらしい。
田舎から始発で京セラドームに向かい、数時間グッズ列に並び、イオンで時間を潰したりしてドームの中へ。
ちょっとひんやりとして、全体にスモークがかかった会場は「非日常」という感じで。
大興奮のままチケットに書かれた番号に従って歩いていくと、そこはまさかのアリーナ最前列だった。
あまりに近くて、あまりに輝いていて。
まるでずっと夢の中にいるような気持ちだったけれど、スピーカーから流れる音楽がずっとお腹の底に響いていて、ああ現実なんだと思いながら泣いていた。
初めて見た嵐の5人、一面に広がるペンライトの海は、それからの生活の支えだった。
またあの景色に会うために、なんだって頑張れると思った。
人生はそれなりに回り続けていて、山もあれば谷もある。
そんな中で、嵐はずっと、本当にずーーっと、そばにいてくれた。
高校受験の時期は「Happiness」を聴いていた。
部活でどんどんチームメイトが辞めていってしまった時期は、「光」を聴いていた。
コロナ禍で先が見えない時期は「Love so sweet」を聴いていた。
就活をしていた時期は「きっと大丈夫」を聴いていた。
5人が歌う「大丈夫」に、何度励まされてきただろう。
その歌声に、どれだけ支えられてきただろう。
先の見えない暗闇の中にいるような日々の中で、「明けない夜はない」という言葉にどれほど救われただろう。
嵐がいなかったら、乗り越えられなかった夜がある。
嵐がいなかったら、出会えなかった景色がたくさんある。
嵐に出会えたから、出会えた人、出会えた景色、出会えた朝がある。
多くの人がそうであるように、私にとっても嵐はずっと人生の光だった。
活動休止の会見から、あっという間に迎えた2020年末。
また会えるかもしれないと、祈るように更新し続けたファンクラブ。
正直、もう戻ってこなかったとしても、それでも良いと思っていた。
5人がこの世界のどこかで笑っていてくれたら。
幸せでいてくれたら。
それ以上に望むことはないと思っていた。
でも、心の奥の奥の方で、また会いたいと願ってしまった。
久しぶりの5人の姿。
画面の中の5人は素敵に歳を重ねていたけれど、雰囲気は大好きな嵐のままで。
気づいたらぼろぼろと泣いていた。
活動終了は悲しかったけれど、それ以上にまた5人に会えた喜びが大きかった。
コロナのせいで直接「ありがとう」と伝えられなかったことがずっと引っかかっていた。
国立競技場も東京ドームも、本当はファンで埋め尽くして、5人がもういいよ!わかったよ!って言いたくなるくらいの「ありがとう」を届けたかった。
どれほどの葛藤があって、議論があって、こうして戻ってきてくれたのかはわからないけれど、5年半前叶えられなかった願いを叶える機会をつくってくれたことが本当に本当に嬉しくてありがたかった。
なんて嵐らしいんだろうと、また泣いた。
5月14日、仕事終わりに全力疾走して京セラドームへ。
昔は始発で来て並んだなあと思いながら、列のほとんどない物販へ。
初めて来た日はまだ子どもだったから、仕事帰りに来るようになるなんてって感慨深くなった。
その足で梅田のロビーデコレーションも見に行った。
嵐マークがキラキラ光っていて綺麗だった。
5月15日、母の物販の付き添いで朝一番に京セラドームへ。
ライブ当日の賑わいに、ああこれだこれだと嬉しくなる。
ぴかぴかのお天気で暑いくらいだったけれど、しばらく端っこの方で景色を眺めていた。
開場と同時に場内へ。
座席はスタンドの真ん中らへんだったけれど、最早本当に何処でもよかった。
嵐に会えるだけで、同じ空間にいられるだけで、それ以上は何も要らなかった。
周囲の方のペンライトの設定をお手伝いしながら、開演まで少しお話をした。
母と同世代くらいのお隣の方は、ずっと嵐が好きだったけど子育てが忙しくてライブには行けないまま、休止期間に入ってしまったそう。
今回は成人したお子様に車で送ってもらい、長年の夢が遂に叶ったのだと嬉しそうに話してくださった。
すべての人が、人生の何処かのタイミングで嵐に出会い、特別な想いを持ってここにいる。
初めての人も久しぶりの人もデビューからずっと支え続けてきた人も、嵐が好きだという共通項を持って同じ場所にいる。
刹那的な交わりではあるけれど、ものすごい奇跡なんだよなと思い開演前にちょっと泣いた。
18時、開演。
正直5人が登場する前から号泣だった。
5人が登場した瞬間、最初に出た言葉は「嵐やあああかっこいいいいいい」だった。
ずっと私の青春で、最早人生だった5人。
この世で一番会いたかった5人が、また帰ってきてくれた。
大阪ただいまって言ってくれたから、渾身のおかえりを叫んだ。
胸がいっぱいだった。
そこから3時間、ぼろぼろ泣きながら5人の姿を見つめていた。
大好きな5人は、記憶の中の嵐のままで。
重なる声は何度も何度も私に生きる力をくれたそのままで。
あの日宝箱にしまい込んで、もう終わってしまったと思った夢の続き。
開くことはないと思っていた宝箱が開いた日。
ありがとう、しか、ないんだよなぁ。
泣いて泣いて泣いて、ああ好きだ、私はこの人たちにたくさん支えてもらったんだと思ってまた泣いて、思い出が詰まりすぎた楽曲たちを聴くたびにとめどなく涙が溢れてきて顔面全部がびっちょびちょだった。
隣の母も信じられないくらい泣いていた。
ずっと付き添いとしてついてきてくれていた母は、今まで頑なに自分はファンではないと言い張っていた。
でも今回のライブに入る前に初めて「自分は嵐のファンだ」と急に自覚したらしい。
休止中もずっとファンクラブを更新し続けていた時点でファンだと思うが、突然気持ちが追いついたらしい。
二人しておんおん泣いた。それはもうとんでもなく泣いた。
嵐のライブの思い出は、すべて母と私の2人の共通の思い出。
これからもずっと宝物。
5人の挨拶では、ファンがいろんな場所からありがとうと叫んでいた。
私も叫んだ。伝えたいことはその一言に尽きるから。
今まで挨拶中に声を発することはまずなかったから、ああ最後なんだなあってしみじみ感じてまた泣いた。
絶対に届けたかった想いを5文字に込めて、届くようにと願いながら叫んだ。
あなたたちのおかげで、私はずっとしあわせでした。
本当に、ありがとう。
さあ、最後の日。
これを書いているのは2026年5月31日。
あと10分でラストライブが始まる。
お家から、声援を送るよ。
どうかかけがえのない時間になりますように。





