焼き餃子のぶろぐ

人生変えられたド新規スト担が、主にSixTONESについて気ままに語るブログです。HiHi Jetsについても語ることもあります。

矢花くんのブログへのアンサーブログを書いてみた

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こんにちは。

いつもはSixTONESメインで書いているブログですが、今日はちょっと違うことを書きます。

 

只今、2021年5月12日(水)22時。

【異担侍日報〜侍ふ。〜】の矢花黎vol.004を読みました。

ツイートでも良かったのですが、個人的にとても好きなテーマだったので、ブログを書くことにしました。

 

「みなさんもブログ書いて僕に届けてくださいw」

って言われたので、お望み通り届けてやろうと思います。

このブログに辿り着いた全国の矢花黎は是非最後まで読んでください。よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

さて、本題。

 

 

私は過去の記憶を思い出す時、切なくならないことがない。

過去は、その瞬間を閉じ込めた宝箱。

ふとしたきっかけでその鍵を手にし、箱を開く時、中にあるのは輝きと切なさだ。

そして宝箱を開くトリガーとなるものが、「匂い」なのだと思う。

 

春の空気を吸えば、どうにもサイズが合わない、妙にパリッとした制服を着た日のことを思い出す。

夏の空気を吸えば、サウナのような体育館でボールを追いかけて走り回った日のことを思い出す。(男バスの練習後の練習は、汗くさいやら暑いやらで地獄度が増す。)

秋の空気を吸えば、「秋は何をするにも良い季節だ!」と笑っていたあの人のことを思い出す。

 

冬の空気が、いちばん情報量が多い。

そもそも私は冬の早朝が好きで、朝一番に肺が痛くなるほど冬の空気を吸い込む時に最も「生きている」と感じる。

どんな時も、目一杯冷たい空気を吸い込んだ。

それは、なんてことない平日だったり、家族で初めて夢の国へ行く日だったり、大事な試合の日だったり、人生をかけた受験の日だったりした。

私の人生は、冬の張り詰めた空気に乗りたがる。

だからこそ好きだし、記憶も多い。

 

 

 

夕暮れ時の帰り道の匂いが好きだった。今も好きだけど。

バイバイ、また明日ね。

明日が来ることを信じて疑わず、ただ全力で走り回って笑い合って、そんな言葉で帰路につく。

自転車に跨り、田舎の道を走りながら、ふと深呼吸をする。

飛び込んでくる、どこかの家の晩御飯の匂い。子どもの笑い声。団欒の気配。全部丸めて夕方の匂い。

 

この匂いを嗅ぐと、泣きそうになる。

どこかの誰かの、幸せの匂い。

夕方の匂いをなぞりながら自転車を走らせる。

その匂いが、自分の家からも流れてきた時の安堵感と幸福感。

程よい疲労感とともに、夕方の匂いがする家に入るあの瞬間の感情は、もうきっと味わえないだろう。

だからこそ美しく、切なく、眩いのだろうと思う。

 

 

 

 

戻れない日を想い、戻りたいと思う。

 

私も矢花くんと同じくネガティブな人間なので、人生には常に反省が付き纏っている。

「あの瞬間に戻れたら…!」と、何度考えたかわからない。

「タイムマシンがあれば…」と、思ったことも一度や二度ではない。

 

じゃあ今、どっかの青くて丸い二頭身のロボットが目の前に現れて、引き出しの中に飛び込むように促されたとしたら。

 

私はきっと、引き出しを閉めるだろう。

 

 

 

人生にキューをつけておいて、いつでもそこに戻れるとしたら。

有難いし、幸せかもしれないけれど、私はその幸せは要らない。

何故か。

 

私は自分の人生で、毎日のように何かしらに対して反省している。

あ〜やっちまった、クッソー!やめときゃよかった!

とかめちゃくちゃ思ってる。

自分で自分の人生を呪いたくなる時もある。

それでも、私は多分、自分の人生に後悔をしていないのだと思う。

 

例えば夜中に、冷蔵庫の中のプリンを食べたくなったとしよう。

自分の中の天使と悪魔を戦わせたところ、悪魔が天使をボコボコにした。

私はプリンを食べた。

翌朝、「あんな時間にプリンを食べるなんて…」と反省はしても、美味しかったし満たされたのは事実なので、私は私の「夜中にプリンを食べる」という選択に後悔はしない。

 

 

後悔のない過去に戻る必要はない。

その時、その瞬間“だから”感じたことや見えたものがきっとある。

キューをつけて、歳をとった私が過去に戻ったとして、その時の刹那的美にまた出会えるかと問われると、答えは限りなくNOに近いだろう。

 

結局、地点を切り取っても意味がないのだ。

そこに至るまでの過程があって、その地点を経て進んできた今があるから、「ある地点」に戻りたくなるのだと思う。

飛び越えられない、地続きの道だからこそ、過去を想い、戻りたいと思える。

 

 

たとえ、戻りたい地点が人生でいちばん幸せな瞬間だったとしても、私はその瞬間を「人生でいちばん幸せな瞬間」のままにしておくために過去には戻らない。

 

今いる道が間違いだと感じて、やり直したいと思ったとしても、過去には戻らない。

その道を信じて進んできた自分の歩みを無しにしてまで戻る過去に、今以上が保証されている理由はない。

だったら、今いる道をひたすら突き進んで、正解にするための努力をしたい。

 

 

 

矢花くん。

これが私の答えです。

本当にここまで読んでくれたのなら、私はこれからも矢花黎くんを応援し続けます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘です、こんなもん読んでくれなくても応援してます。

過去について考える、楽しい時間でした。

ありがとう!