2022年3月11日。今日、私は20歳になりました。
東日本大震災から11年。
11年前から、誕生日と震災は切り離せないものになりました。
私にとって誕生日は特別な日で、でも同時に苦しい日でもあります。
あの日の記憶、あの日からのこと、そして今。
少しだけ、ここに書きたいなと思います。
私は関西に住んでいます。
だから、あの日起きたことは、学校から帰宅したと同時に目に飛び込んできたニュースで知りました。
私の誕生日パーティーのために折り紙で輪飾を作ってくれていた母の背中越しに見た、この世のものとは思えない光景を、今でもはっきりと覚えています。
色とりどりの輪飾と、真っ黒な街。
「津波」というものを、初めて知りました。
青くない海を初めて見ました。
何か大変なことが起きているのだということだけは、なんとなくわかりました。
でも私には、何も出来ませんでした。
某フライドチキン屋さんのチキンを食べながら、流れ続けるニュースを見ていました。
画面の右下にずっと、赤と黄色で縁取られた日本地図がありました。
目の前の机の上に広がる「幸せの象徴」のような光景と、テレビ画面に映し出された光景があまりにかけ離れすぎていて、自分は今夢を見ているのではないだろうかと思ったことを覚えています。
黒い波の中には、きっと沢山の人の命があって、生活があって。
私はなんでここにいて、呑気にチキンを食べているのだろうか。
どうして、沢山の生活が壊されていく様子を画面越しに見ながら、「おめでとう」と言われているのだろうか。
もう、何もわかりませんでした。
とてつもない罪悪感と自責の念に駆られ、その後数ヶ月間、まともに食事がとれませんでした。
みるみるうちに痩せていきました。
両親も友達も先生も、みんな心配してくれました。
でもその心配すら、私にとっては苦しいものでした。
自分より大変な思いをしている人が沢山いるのに、何も苦労していない自分が体調を崩していること、何も苦労していない自分が心配されていること、そんな風に思いながらも結局あたたかい家で眠っていること。
当時の私は、その全てが許せませんでした。
それから何年も、誕生日が近づく度に食事がとれなくなりました。
誕生日が近づくと、震災の様子がニュースで流れることが増えます。
両親は私になるべくそれらを見せないようにしようとしてくれていましたが、見なくとも思い出せました。
一度思い出してしまうと、罪悪感でいっぱいになってしまい、1人で勝手に苦しくなっていました。
「おめでとう」がつらくて。
何もめでたくない日じゃないかと、ずっと思っていました。
誕生日を聞かれて3月11日だと答えると、「震災の日やん」と言われ、気まずい空気になることがつらかった。
誕生日を聞かれて3月11日だと答えた時に、「震災の日やん」と言われることが減っていき、そこから風化を感じることも悲しかった。
ずっと、祝わないでほしかった。祝われるのがつらかった。
何万という人の命が、それまでの生活が奪われた日に、「おめでとう」と言われることが本当に苦しかった。
今ならわかります。
そんな風に罪悪感を感じる必要はないのだということも、たかだか9歳の子どもに、ましてや遠く離れた地に暮らす子どもに出来ることなんて限られているのだということも。
それでも、あの日、失われていった生活を横目に見ながら幸せの中にいた自分を許すことは、到底出来そうにありません。
誰のためにもならないことはわかっていても、私が私自身を許せないのです。
だからせめて、東北のために出来ることを。
そう思って生きてきました。
これからも、そう思って生きていきます。
大学生になり、東北取材を続けている団体に所属しました。
あの日を経験された方とお話をする機会もいただきました。
「今ある生活を大切に。何が起きるかわからないから、近くにいる人には思った時にすぐ“ありがとう”を伝えてほしい。」
そんな言葉を胸に刻みました。
今ある日々は、かけがえのないもの。
私は当時、幸せに罪悪感を感じていました。今も少し。
でも、あんまり意味がないよなぁとようやく少しは思えるようになりました。
だから、幸せだと感じた時には「幸せだ」と言うし、その幸せをくれた人には「ありがとう」を伝えたい。
生きる力をくれる人たち。
生きていて良かったと、幸せだと、思わせてくれる人たち。
そんな人たちへの感謝を忘れずに、今ある幸せを抱きしめて生きる。
そんな人間でありたいと、今日の私は思っています。
20歳になりました。
まだまだ未熟で、どうしようもない人間です。
それでも、生きている幸せを噛み締めながら、泥臭く生きていきたいと思います。
当時の私を支えてくれた、周りの人たち、そして嵐の5人。
今、そこにSixTONESの6人と、HiHi Jetsの5人、そして彼らを通して出会えた人たちもいてくださいます。
本当に本当に、いつもありがとう。
あなたたちのおかげで、私は今幸せです。
「おめでとう」も素直に受け取れるようになりました。
ありがとう。
あの日を忘れず、今日からも生きていこうと思います。
これからも、よろしくお願いいたします。